羽生結弦スケートを始めたきっかけは?両親も素晴らしい!?
前オリンピックの金メダリストである羽生結弦。先日グランプリシリーズであるNHK杯で公式練習中に転倒してしまい、10日間絶対安静の診断を受けて残念ながら欠場してしまい現在大きな話題になっていますよね。
けがの様子がとても心配ですが、そんな羽生結弦がスケートを始めたきっかけは?羽生結弦だけでなく、両親もすばらしいと噂されている様なんです。
今回はそんな羽生結弦について気になる情報をまとめたのでゆっくりご覧ください。
羽生結弦のプロフィール
名前:羽生結弦(はにゅうゆづる)
生年月日:1994年12月7日
年齢:22歳
出身:宮城県
名前の由来は弓の弦を結ぶように凜とした生き方をしてほしいと命名された。
演技前に必ずする胸の前で十字を切る様な動作は実際には「士」の形を書いている。
2014年ソチオリンピック男子シングル優勝、グランプリファイナル4連覇、全日本選手権4連覇。
現在の世界歴代最高得点記録保持者。世界ランキング1位。
世界記録を2012年から計12回更新。
羽生結弦がスケートを始めたきっかけは?
天才的トップフィギアスケーターの羽生結弦。熱狂的なファンも多い事でも知られていますよね。
中性的なルックスの虜になる方も多くいらっしゃいます!
世界最高得点を何度も更新するほど超一流選手の羽生結弦ですが、そんな羽生結弦がスケートを始めたきっかけはなんだったのでしょうか?
羽生結弦がスケートを始めたのは4歳からの様なんです。
羽生結弦には姉がいる様で、姉の後ろをついて回す少年だった様です。その姉がフィギアスケートをしていた様で、姉を見て羽生結弦もやりたい!といって本人の意思で始めた様ですよ!
羽生結弦の姉もダブルアクセルが飛べるくらい実力のある選手だった様ですが、フィギアスケートはお金がかかると言われているスポーツなので羽生結弦の才能を見込み、10年間続けたフィギアスケートを引退した様なんです。
羽生結弦の意思を尊重しスケートを継続させた両親ですが、目的は喘息を治す事の目的もあった様なんです。今年の24時間テレビで喘息を患っている事を告白しましたが、フィギアスケートは屋内でやるスポーツなのでホコリを吸いこむ事がすくなくなるので、喘息もちの羽生結弦にはうってつけのスポーツ。
羽生結弦の幼少期からのインストラクターが、当時から羽生結弦が世界に通用する選手と思っていたという程幼少期からその才能を開花させていました。当時から負けず嫌いで体幹もしっかりしていた様なんです。
羽生結弦の父は教師で野球部の顧問をしていた程野球好きで、本当は羽生結弦に野球をしてほしっかったという思いが少なからずあった様です。羽生結弦が一時期スケートの練習に嫌気がさしていた時期に「野球の方がお金もかからないし、スケートが嫌なら辞めてもいい」という事をいった事があった様です。
しかし羽生が出した決断は「スケートをする」という決断で今にいたる程超一流の選手になった様ですね。
家族の支えがあって今の羽生結弦があると考えられます!
羽生結弦の両親も素晴らしい?
羽生結弦といえば、22歳とは思えない程人間性にも優れている様に感じますよね?謙虚だしとてもしっかりしているというイメージがとても強いきがします。
そんな羽生結弦を育て上げた両親も素晴らしいと言われている様なんです。
羽生結弦がここまで有名で金メダリストになったりしていますが、羽生結弦の両親がメディアに登場する事ってないですよね?
羽生結弦の両親は頑張っているのは本人で親は関係ないという考えで息子が金メダルを獲っても「親がしゃしゃり出て話す事はない」と語ってらっしゃった様なんです。
とても謙虚なご両親ですよね。
今は違いますが、約3年前まで羽生結弦の試合衣装は母の手作りだった様なんです。
羽生結弦は公務員の家庭で育った様です。貧しいわけではないですが飛び切りお金もちでもなかった様なので、家賃5万円の家に住んで羽生結弦のスケートの為に家族で頑張っていた様なんです。
羽生結弦の強さは周りの人に支えてもらって生まれたんでしょうね!
いかがでしたでしょうか?
今回はフィギアスケートの選手である羽生結弦についてきになる情報をお伝えしました。
レジェンド中のレジェンドである羽生結弦。世界ランキング1位でありながらいつも謙虚であり続ける姿勢にいつも感心させられます。まさに、日本の誇りである人物ですよね。喘息である事を告白し喘息というハンデがありながらもずっと挑戦し続ける姿に勇気がでた子供たちもたくさんきっといますよね。
羽生結弦も素晴らしいですが、そんな羽生結弦を育てあげた両親もとても素敵で謙虚な人であるようです。NHK杯の練習中のけががとても気になるところですが、来年のオリンピックでの活躍が今から楽しみです。2大会連続メダルに期待しましょう!