荒井注の死因って?カラオケ店が廃墟になって不気味だと話題に

ザドリフターズの荒井注は2000年に亡くなられています。存命中はカラオケ店経営にも手出ししていたようですが現在は廃墟に…。そんな荒井注の死因とはなんだったのでしょうか?

荒井注経営のカラオケ店が廃墟に

ドリフターズのメンバーとして活動していた荒井注。

芸能界で活動をしていた1993年ごろ、荒井注はカラオケ店の経営を開始しようと、多額の費用を投資して、静岡県にカラオケ店を作りました。

しかし、いざカラオケの機材を部屋に運ぼうとすると、部屋の入り口が狭すぎて、カラオケ機器を運ぶことができなかったのです。完全なる設計ミスでした。

そのため、建物ができているのにも関わらず、カラオケ店は営業することすらできず、荒井注はカラオケ店の経営を断念することとなりました。

当時、荒井注のカラオケ店経営断念は、ワイドショーに取り上げられたのですが、取材で記者にいまの気持ちを聞かれると「何だ、バカヤロウ!」と答えたそうです。

ちなみに、これは怒っているのではなく、荒井注の代表的なギャグのひとつで、逆ギレ芸の先駆けともなっているセリフなのです。

なお、この荒井注のカラオケボックスは「Aのカラオケボックス」などと呼ばれ、廃墟マニアのあいだでは有名なようです。

廃墟となったあと、実際に訪れた人によれば、部屋がめちゃくちゃ狭いうえに、間取りが四角形ではなく変形しているので、カラオケ店としてはもちろん、どんなお店になったとしても使いにくそうな部屋だったようです。

現在は、荒井注のカラオケ店だけでなく、向かいにあるウォータースライダーの備わったプールも廃墟になっているうえに、すぐ近くのホテルも休業中だそうで、まるでゴーストタウンのようなさみしさになっているようです。

※現在、荒井注のカラオケ店は不動産によって管理されているため、無断侵入や建物の破壊などは行わないようにしてください。

そもそも荒井注ってどんな人だったのか

荒井注のカラオケ店は残念ながら営業されることはありませんでしたが、そもそも荒井注とはどんな人だったのか、プロフィールをまとめてみました。

荒井注は1928年7月30日生まれの東京と出身です。

荒井注が芸能界に入ったきっかけは、1964年にトリスのおじさんみたいな面白い顔をした人がいるという噂を聞いたいかりや長介が、荒井注をスカウトしてザドリフターズに参加することとなりました。

荒井注の担当楽器はピアノでしたが、RABのスリーコードしか弾けなかったようです。

いかりや長介はのちに自身の著書にて、荒井注の背の低さや、ピアノの演奏力をあらかじめチェックしておくべきだったと失敗談として紹介していました。

しかし、荒井注はふてぶてしいキャラクターであり、このふてぶてしさがザドリフターズの人気につながっていったのであり、人選ミスもそう悪くはなかったようです。

荒井注はいかりや長介よりも3歳年上でしたが、ザドリフターズとしてデビューしてからしばらくは、6歳くらい年齢をサバ読みしていたそうです。

しかも、荒井注のサバ読みに関して、ザドリフターズのメンバーたちも知らなかったとのこと。

荒井注いわく、リーダーのいかりや長介よりも年上だと具合が悪いからという理由で、年齢をごまかしていたようです。

しかし、いかりや長介は自伝にて「荒井注は女性にもてたかった」からではないかとコメントをしています。

そして、『8時だョ!全員集合』の視聴率が50%以上を記録し、ザドリフターズの人気が絶頂となっていた1973年に突然荒井注は脱退を申し出ました。

いかりや長介は荒井注の脱退を止めたらしく、保留となりましたが、結局翌年の1974年に荒井注はザドリフターズを脱退しました。

荒井注の脱退の理由は、体力の限界だったようで、芸能記者いわく荒井注はかなり疲れ切っていたのだとか。

荒井注は年齢をごまかしていたというのもありますが、15歳も年下の加藤茶たちといっしょに、舞台の上で飛び跳ねるなど体力を使うパフォーマンスが辛くなっていたそうです、

荒井注はとくに欲深いわけではなかったので、ここら辺で引退しようと思ったようです。

なお、ザドリフターズの引退とともに芸能界も引退したようですが、脱退から半年後にドラマ「時間ですよ昭和元年」の出演をきっかけに芸能界へは復帰したそうです。

ちなみに出演依頼を受けたとき、荒井注はいかりや長介に相談し、出るべきだと帰ってきたため出演したそうです。

2000年2月9日に荒井注死去

1998年に荒井注は緑内障の手術を受け、同時に肝硬変であることが発覚しました。

入院生活をくり返している中、2000年のお正月向けの富士フィルムのCMのオファーが舞い込みました。

CMではザドリフターズのメンバーと久しぶりに再会し、昔話に花を咲かせたそうです。

しかし、CM放送からすぐあとの2000年2月9日午前4時30分、入浴中に半不全のため71歳で急逝となりました。

お腹に水が3リットルもたまっていると話していたようで、かなり危険な状態だったようです。

現在、荒井注の存在自体を知らない人も増えてきていますし、ザドリフターズをもう1度みることはできませんが、

当時の人気はかなり高かったようですし、今後も伝説のグループの一員として、さまざまなエピソードが語り継がれていくことは間違いないでしょう。






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