中川翔子「10代は暗黒期」父との死別がさらにその闇を深めた?

マルチタレントの中川翔子幼い頃実父を病気で亡くし、暗黒時代とも言われる10代を過ごしたことが明らかになりました。現在までその闇を引きずっている…?

中川翔子が心から笑える日は来るのでしょうか。

中川翔子、父との死別を経験「10代は暗黒期」

中川翔子は、女優、声優、歌手、タレント、グラビア、ブロガーなど多方面で活躍しているマルチタレントです

しょこたんの愛称で、多くのファンに愛されていますね。

@giro.161cm)さんの投稿

以前、自身の半生を振り返って

10代は暗黒期。

20代は歌とライブに出会えて色々出来た!

30代突入は強くかっこよく、メガ進化してスーパーしょこたんになりたいのだ!

という発言がありました。

30代の抱負が明るくてひとまず安心ですが、なにやら辛い10代を過ごしてきたことがわかりますね。

中川翔子が経験した暗黒期の10代」とはどのようなもので、いまの中川翔子にどのような影響を与えているのでしょうか?

中川翔子の亡き父、勝彦の生涯

中川翔子の実父、中川 勝彦もしょこたんと同じく芸能活動をしていました。

@takashi_ikegami)さんの投稿

名前 中川 勝彦

生年月日 1962年7月20日(32歳没)

職業 ミュージシャン・俳優・声優

活動期間 1980-1994年

大学 慶応義塾大学(中退)

引用元:Wikipedia

高校生からバンド活動を始め、高校3年生の時に出場したNHK『ヤングMUSICフェスティバル』をきっかけにメジャーデビューを果たしました。

その後は、歌手や俳優活動、ラジオのパーソナリティーとしても活躍。

イケメンで、また多分野での才能に溢れていたのですね。

1985年、父親の勝彦が22歳、母親の桂子が19歳の時に中川翔子は産まれています。

1992年9月 急性骨髄性白血病を発症

病気になってから勝彦は周囲に、

「子どもが小さいからまだ死にたくない」

と言っていたそうです。

そこで、骨髄移植をするためのドナーを身内から探していましたが誰とも型が合いませんでした。

兄弟姉妹の間でも適合するドナーが見つかる可能性は4分の1の確率と言われています。

非血縁者間であれば、数百から数万分の1の確率でしか一致しません。

「翔子の体に傷がつくのは耐えられない」という勝彦の希望で、中川翔子がドナーに適合するかどうかを調べなかったそう。

そして、1994年9月17日32歳という若さで亡くなりました

中川翔子が9歳の頃でした。

中川翔子、亡き父との思い出の矛盾点

中川翔子は、亡き父親について以下のように述べています。

@leinestardust)さんの投稿

2005年

「父を思い出して泣くことはない。ほとんど家にいなかったから。

祖父が私にとって父親代わりで祖父のことを『パパ』『パピィ』と呼んでいたから」

2006年

「ゲームをしている時に母親から”父が死んだ”と聞かされて”ふ〜ん”と思った」

2010年

「父を思い出すと涙が出るから考えないようにしている。

病院に呼ばれて私の手を握った瞬間に父は亡くなった。しかも死んだ時刻に時計が止まった」

父と離別したのは幼い頃のことなので記憶が薄れているところもあるでしょうが、2006年と2010年の発言では明らかな矛盾点もありますね。

中川翔子にはもともと虚言癖があることで知られていますが、真相はどうなのでしょうか?

中川翔子の父、勝彦のスキャンダル画像が流出

中川翔子の実父、勝彦の死後17年後、衝撃的なスキャンダルが発覚します。

2011年 【勝彦が妻でない女性と性行為をしている写真】24枚 がネット上に公開される

相手の女性、流出経路や動機については明らかになっていません。

一説では、勝彦の肉声を集めたCDの売り上げをあげるための戦略だったのではないか、と言われています。

それはつまり炎上商法ということ…?

現在は写真全てが削除されており、探しても見つけることはできません。

この騒動に中川翔子はショックを受け

「父、勝彦からもらったずっと大切にしていた誕生日カードを衝動的に捨ててしまった」

のだとか。

勝彦が亡くなってしまう4か月ほど前にプレゼントされたものだったそうですが、父親の生々しい写真を見てしまってはショックを受けて当然ですね。

しかし、中川翔子が捨てた誕生日カードは母親により拾われ、また大切に保管しているとのことです。

2014年9月17日、しょこたんはTwitterで亡き父について次のように綴っていました。

”今日は父の命日。20年経つなんて早いなあ。

父の歩いたいろんな相後に巡り会いながら辿ってきた。

これからも父が”生きた証”は残る”

中川翔子のオタク魂は父譲り

中川翔子同様、父親の勝彦もオタクだったことがわかっています。

「ゲゲゲの鬼太郎や楳図かずおの作品を読まないとちゃんとした大人になれないぞ」と漫画本を大量に買い与え、感想を述べ合っていたそうです。

まさにオタクの英才教育ww

お父さんのオタク教育は確かに中川翔子の将来に大きな影響を与えましたよね。

そして今や、芸能界屈指のオタクとして知られる中川翔子。

いつも笑顔で明るい雰囲気ですが、オールスター感謝祭や首相主催の桜を見る会で”ぼっち”の写真を自らブログに上げたことで、ファンから心配の声が上がりました。

またそれ以前からも、あの明るいキャラの裏に「ふとした瞬間にものすごく暗いオーラが出てる」と闇を感じていたファンも。

中川翔子は実父との死別など悲しい経験をしてきましたが、自身で宣言したように

「30代突入は強くかっこよく、メガ進化してスーパーしょこたん」

を目指して欲しいと心より願っています。






サブコンテンツ

ページのTOPへ